中国が「電力」で世界を制しにきた理由──AI時代を見据えた異次元のインフラ投資
わずか4年で米国並み──中国の電力拡張が世界のエネルギー秩序を変えつつある
ヨーロッパやアメリカにとって、そして日本にとっても無視できない警鐘となる数字が明らかになりました。 中国はこのわずか4年で、アメリカが1世紀かけて築いた電力システム全体に匹敵する発電容量を新たに建設し、送電網への接続に成功しています。
昨年だけでも中国が追加した発電容量は543ギガワット(GW)。 もはや「追い上げる新興国」ではなく、世界のエネルギー競争そのものを終わらせに来ていると表現しても誇張ではありません。
この動きは、電力供給が前提となるAIやデータセンター、先端製造業において、アメリカの技術的優位すら揺るがしかねない重大な意味を持っています。
記録を塗り替える中国の電力増設スピード
ブルームバーグや中国当局が公表したデータは、現実離れしているようにも見えます。 2025年だけで、中国は542.7GWもの新たな発電容量を電力網に接続しました。
この規模は、インド・ドイツ・日本の発電設備容量を、それぞれ単独で上回る水準です。 特に注目すべきなのは、そのスピードにあります。
アメリカが約100年かけて整備した総容量1,373GWの巨大電力網。 中国はこれを5年足らずで再現し、増設ペースではすでに上回っているのです。
この異常とも言える建設ラッシュの背景には、近年の深刻な電力不足という「トラウマ」があります。
2021〜2022年の電力危機が中国を変えた
現在の中国の電力政策は、2021〜2022年に相次いだ電力危機への反省から生まれています。
2021年秋、石炭価格の高騰と電気料金規制が重なり、広東省や江蘇省といった主要工業地帯の工場が操業停止や減産に追い込まれました。 この影響は中国国内にとどまらず、世界のサプライチェーンを直撃しました。
さらに2022年には、四川省を襲った記録的な干ばつによって水力発電が停止し、EV用バッテリー生産が滞る事態も発生します。
工場の電力を止め、家庭用電力を優先するという措置は、中国政府にとって強烈な教訓となりました。 それ以降、中国では「エネルギー安全保障はコストより優先」という方針が明確になっています。
AI時代を見据えた「電力という武器」
なぜ中国は、ここまで過剰とも思える電力投資を続けるのでしょうか。 理由は単なる生活用電力の確保ではありません。
人工知能(AI)、データセンター、産業ロボット、先端素材製造といった成長分野は、膨大な電力を必要とします。
アメリカではすでに、老朽化した電力網がデータセンター需要の急増に耐えられないとの懸念が広がっています。
一方、中国は「足りなくなってから考える」のではなく、「先に作り切る」という真逆の戦略を選びました。
ゴールドマン・サックスの分析でも、アメリカのAI競争力が揺らぐ要因は技術力ではなく電力供給になる可能性が指摘されています。 中国は、制約が生じる前に、その制約そのものを消し去ろうとしているのです。
再エネも化石燃料も原子力も──中国の「全部取り」戦略
欧米では、エネルギー政策が「再生可能か化石燃料か」という二項対立で語られがちです。 しかし中国は、そのどちらも選ばない戦略を取っています。
昨年追加された543GWのうち、315GWが太陽光、119GWが風力と、再生可能エネルギーの拡大は確かに急速です。
その一方で、中国は石炭・ガス火力の建設も止めていません。 再エネの不安定さを補うため、昨年だけで95GWを追加しています。
さらに、世界最大規模の原子炉建設計画を進めると同時に、チベットでは世界最大級となる水力発電所の建設にも着手しました。
中国にとって重要なのは「クリーンかどうか」よりも、止まらない電力供給なのです。
砂漠の電気を沿岸部へ──中国版「電力の高速道路」
発電と同じくらい重要なのが、送電インフラです。 中国の再生可能エネルギー資源は西部の砂漠地帯に集中し、工場は東部沿岸に集まっています。
この課題を解決するため、中国は超高圧直流送電(UHVDC)という世界でも類を見ない送電網を構築しました。
この「電力の高速道路」は、数千キロ離れた地域へ大量の電力を、ほぼ損失なく運ぶことが可能です。
さらに、中国は大規模な蓄電池や揚水発電にも投資し、再エネの余剰と不足を調整する仕組みを整えつつあります。
日本にとっての意味
安価で潤沢な電力を国内に確保することで、中国は単に自国の安定を図っているだけではありません。
それは世界に向けた強烈なメッセージでもあります。 「エネルギーを必要とする産業なら、中国に来れば止まらない」という宣言です。
エネルギー制約が強まる日本にとって、この現実は他人事ではありません。 中国の電力戦略は、今後の産業競争力そのものを左右する重要な比較対象となりつつあります。