石炭復活は得策?電気代はどうなる?トランプ流「規制緩和」のパラドックス
アメリカのエネルギー政策における「常識」が根底から覆されようとしています。トランプ大統領が先日12日に発表した、温室効果ガスの「危険性認定」の撤回です。15年間にわたる環境規制の土台を崩すこの動きが、今後のアメリカにおける電気料金ひいては生活コストにどのような影響をもたらしうるのか、調べてみました。
「歴史的な規制緩和」の正体とは?
時計の針を少し戻しましょう。2009年、オバマ政権下のアメリカ環境保護庁(EPA)は、ある重要な科学的判断を下しました。それは「温室効果ガスは人々の健康と安全を脅かす危険なものである」という認定です。これがいわゆる「危険性認定(Endangerment Finding)」であり、これまでのアメリカの自動車産業やエネルギー産業における温室効果ガスの規制や気候変動対策の法的な「背骨」となってきました。
しかし、トランプ大統領はこの背骨を「詐欺の基盤」と断じ、真っ向からへし折る道を選びました。ホワイトハウスはこの撤回を「アメリカ史上最大の規制緩和」と高らかに宣言しています。彼らの主張は非常にシンプルで、そして魅力的です。「過剰な規制をなくせば、企業はコストを削減でき、その恩恵は消費者に還元される」というものです。トランプ政権の当局者は、この規制を覆すことにより、1兆ドルを超える節約につながり、エネルギーと輸送の価格引き下げに役立つと主張しています。
しかし、現実はそう単純な計算式では割り切れない複雑さを抱えています。
「古い発電所」を維持する高価なツケ
今回の危険性認定の撤回により、本来であれば閉鎖されるはずだった古い石炭火力発電所が延命される道が開かれました。一見すると、既存の設備を使い続けることは安上がりに思えるかもしれません。しかし、エネルギー専門家たちの分析は冷ややかです。
実は、老朽化した石炭火力発電所を再稼働させたり、寿命を延ばしたりすることは、現代のエネルギー市場においては非常に「高くつく」選択肢なのです。最新の風力発電や太陽光発電の方が、発電コストそのものは安価になっているというデータが数多く示されています。
例えばミシガン州では、閉鎖予定だった石炭火力発電所の稼働延長により、消費者に1億ドルもの追加負担が発生する可能性があると指摘されています。トランプ政権が「汚染源である電力」を復活させようとすればするほど、皮肉なことに、アメリカ国民の電気料金にはその維持費が上乗せされていくリスクがあるのです。
見えないコスト:健康被害と市場の混乱
さらに、国民がお金を払うことになるのは、電気代だけではありません。環境保護団体は、規制撤廃によって大気汚染が悪化し、ぜんそく発作や早期死亡が増加すると警鐘を鳴らしています。これらの健康被害は、巡り巡って医療費の増大や保険料の上昇という形で家計を圧迫します。
- 大気汚染による健康被害リスクの増大
- 気候変動による災害復旧コストの増加
- 州ごとの規制乱立による企業の対応コスト増
また、自動車産業にとっても諸刃の剣です。アメリカ国内の規制が緩んだとしても、世界市場は脱炭素へと向かっています。「燃費の悪いアメリカ車」は海外で売れなくなり、結果として米国の自動車メーカーが国際競争力を失う恐れがあります
未来へのギャンブル:司法の場へ
この大胆な政策転換がこのまま定着するかどうかは、まだ不透明です。環境保護団体や一部の州は、猛烈な法的闘争を準備しています。トランプ政権の狙いは、この争いを連邦最高裁まで持ち込み、自身の任期中に「危険性認定」を永久に葬り去ることにあると言われています。
もし政権側が勝利すれば、連邦レベルでの気候変動対策は長期間にわたって封じられることになるでしょう。しかし、その勝利がアメリカ国民にとって「安い電気代」という果実をもたらすのか、それとも「時代遅れのインフラ維持費」という重荷を背負わせることになるのか。その答えが出る頃には、私たちはすでに高い代償を払い始めているのかもしれません。
エネルギー政策の転換は、単なる政治ニュースではありません。それは、私たちが将来、どのような空気の中で生活し、毎月いくらの請求書を受け取るかという、生活の根幹に関わる問題なのです。
![]() | この記事の執筆者:エネルギー・家計ジャーナリスト Rei N. |
